弊社がお手伝いさせていただいた小ネギ農家のM&A案件について、農業M&A研究会様(代表者・渋谷往男教授)よりインタビューを受けました。
高齢化で担い手不足の農家が増える中、M&Aは解決策になりうるのか。また、農業M&Aならではの注意すべきポイントについて、渋谷教授によるインタビューの様子を一部抜粋してお届けします。

2代目経営者、始まりは建設会社の兼業農家

―渋谷往男教授(以下渋谷) まずは佐藤会長のご経歴からうかがいます。

佐藤司会長(以下佐藤) 建設会社の息子として生まれ、土木系の大学院を修了してからは日本道路公団(現在のNEXCO西日本)に入社するなど建設業一本で歩んできました。「このまま一生サラリーマンとして生活していくのだろうな」と思っていたところ、入社8年目に父が急死。サラリーマンを続けるか家業を継ぐかで2年ほど悩みましたが、家業を継ぐことを決意し2009年に大分県国東市に戻りました。

その会社が当時、建設業の傍ら兼業農家として60アールほどの農地でお米を作っていました。私が継いですぐのタイミングでトラクターが壊れ、買い替えようとしたところ兼業農家では採算が合わないことを痛感し、農業を辞めるか、それとも本格的にやるかの決断を迫られました。そして「どうせなら、本格的に農業をしよう」と決意し、2010年に㈱らいむ工房を設立しました。

―渋谷 なぜ農業を本格的に始めようと思われたのでしょうか?

佐藤 周りの農家の方を見てみると、笑顔の無い農業をされていたんですね。「きついのになぜ農業をしないといけないのか」「せっかくの休みなのに親が田植えをしろって言うんだよ」など、農業に対する不満をたくさん聞きましたので「だったら、この地域で面白い農業をしてやろう」と思い、農業に本腰を入れることを決めました。

―渋谷 ㈱らいむ工房の事業概要についてお話しいただけますでしょうか?

佐藤 米と麦、大豆、小ねぎを生産している会社です。大きく米穀事業本部と小ねぎ事業本部に分かれていて、今回のM&Aに関わってくる小ねぎ事業本部は、作付面積が4ヘクタール、ビニールハウスが144棟あります。正社員は外国人研修生を含めて11名とパートが15名。品種は「大分味一ねぎ」というブランドねぎで、全量JA共販で出荷しています。

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肥沃な土壌で育った味一ねぎは香り良く、ビタミン・ミネラルを多く含む

佐藤 当社の特徴は、建設会社の社員と兼務させていないことと平均年齢が低いことでしょうか。社員を兼務させないというのは、農業に本格参入する際、一番始めに私が決めたことでした。これは「農業は片手間でできるものではない」という考えからです。社員の採用について、ここ数年は大分県立農業大学校からの新卒採用のみで20代の社員が非常に活躍してくれています。また、現在のところは6次産業化には取り組まず、栽培に特化しているのも特徴の一つと言えるのではないかなと思います。

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社員は地元出身者が多く、中には農業未経験者も

―渋谷 建設業と農業を全く別の社員で運営されているというところは、珍しいと感じました。企業が農業参入する場合は、閑散期の人員活用の意味合いもあると聞くことが多かったのですが、暖かい気候のため冬でも作業できるからと捉えてよいでしょうか。

佐藤 そうですね、特に米穀事業部に関しては年間を通してずっと忙しくしています。

―渋谷 ありがとうございます。では、ここからは㈱フォルテワンの古舘社長にも加わっていただき、今回のM&Aについて詳しくお話を伺いたいと思います。

譲渡企業には知人を伝い積極的にアプローチ

―渋谷 まずは、譲渡企業の概要について教えてください。

佐藤 企業形態としては、地元の方たちと共同で設立した農地所有適格法人ですが、実態は大分市内の企業が経営する農業参入企業でした。また、農地所有適格法人ではあるのですが農地は所有せず、農地リース方式で農業を営んでいました。品種は味一ねぎで出荷先はJAと、当社と同じような形態でハウス面積は170アールありました。

―渋谷 同じ品種を生産している企業のM&Aをされたということですね。その背景にはどんなことがあったのでしょうか?

佐藤 実は、譲渡企業とは同じ大分味一ねぎ生産部会(同じ品種の生産者で技術の改善等に取り組むなどする組織)でしたので、出荷量や売り上げもなんとなく把握していました。譲渡企業を見ていて感じていたのは、社長が農地のある国東市から約80キロ離れた大分市内にいるため目が届いていない、本来出荷できるはずの量が出荷できていないということです。
一方で、私たちは一反あたりの収穫量が部会でもトップクラスで、小ねぎは利益を出せると確信しているところでしたので、今後規模を拡大していくにあたってゼロから始めるよりも買ったほうが早いのではと考えました。

―渋谷 そこからどのように譲渡企業との接点を持たれたのでしょうか?

佐藤 たまたま、譲渡企業の社長と共通の知り合いがいたので「会わせてください」とお願いしました。初めにお会いした時は売買の話ではなくて、「農業は厳しいのではないですか?」というような話をしたように記憶しています。しかし、その時からいずれは経営を任せてもらおうという気持ちがあり、金融機関にも「経営が成り立たなくなったら譲って欲しい」という旨を伝えていました。そこから約1年後の2020年12月に金融機関や県、市の職員も含めて話す場が設けられ、譲渡に向けた動きが本格的に始まりました。

―渋谷 古舘社長は、どのタイミングで関与されたのか、また役割について教えてください。

古舘慎一郎(以下古舘) 私が関与を始めたのが、それから少し後くらいでした。すでにマッチングもしているし、金額も無償譲渡に近い形で合意できているので2ヶ月くらいで終わるだろうと見ていましたが、初めの段階には気づかなかったさまざまな論点が出てきて思いのほか時間がかかり、結果として1年2ヶ月後に成約となりました。
役割について、まずM&Aのアドバイザリー業務というのは専門家によってどの範囲まで対応するかが異なるのですが、今回主に関与したのはアドバイスと交渉と買収監査です。資金調達は金融機関が入っていましたし、手続きは佐藤会長ご自身でしていただきました。その他、譲渡に関する税金面でのアドバイスや調整、成約までのファシリテートなどを担いました。

さまざまなステークホルダーが存在する農業経営

佐藤 今回の件でネックとなったのが、ビニールハウスの建設に国と県、市の補助金が入っていたことです。
古舘 譲渡企業の決算内容等から判断すると、通常なら事業譲渡を選択した方が譲渡スキームとしてもシンプルなのですが、補助対象事業を終了してしまうと補助金の返還義務が発生するため事業譲渡の選択肢は採りづらくなります。一方で、株式譲渡を選択して借入金をカットし無償に近い形で法人ごと売却するとなると借入金の債務免除益により税金が発生することになります。この金額がかなり大きいものだったため、どのスキームを使うのが良いかということについては佐藤会長側の弁護士や税理士とも何度も議論を重ねました。
たとえ両者が無償譲渡に近い形で合意していたとしても、事業や資産を動かすことになれば当然税金が発生します。そういったところの調整が今回は非常に大変でした。

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味一ねぎを栽培するビニールハウス

―渋谷 その他、M&Aをする上での障壁はありましたか?

古舘 株主が分散していたことですね。譲渡企業の社長の株の保有割合は2割で、それ以外は地元の農家などの個人や金融機関系のファンドが保有しており、集約にかなりの手間と時間がかかりました。
佐藤 農業では、補助金申請する際に「3戸以上の農家が構成員に含まれている団体」が要件となっていることが多いため、このように分散しているのではないかと思います。特に譲渡企業は農業参入企業だったため地元の方の協力を得て、このような形になったのではないでしょうか。

―渋谷 確かに、3戸以上集まらないと補助金が出ないというようなことはよくありますね。

古舘 これまで多くのM&Aに関与してきましたが、補助金を理由に株主が分散するというのは農業特有の事象だと思います。この点は、今後の農業M&Aでも課題になってくるのではないでしょうか。私たちも農業のM&Aに成約まで関わったのは初めてだったのですが、考慮すべきことがこれだけたくさんあるというのには驚きでした。

―渋谷 プロの目から見ても農業のM&Aは少し特殊ということですね。佐藤会長にとって、実際にM&Aをした後に感じた金銭面以外のメリットはありましたか?

佐藤 今回のM&Aで、大分味一ねぎ生産部会の中での出荷量が全体の約15%になりました。私たちの会社の次に出荷しているところが3%~5%ですから圧倒的なシェアで、地域の方々が認知してくださるきっかけにもなりました。荒れていたビニールハウスを再生させたという話が徐々に広がり、小ねぎだけでなく米穀事業の方でも「この辺に土地があるがどうか?」という提案が来るようになっています。企業価値としてもかなり向上したと実感しています。

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味一ねぎは手作業で丁寧に収穫される

M&Aは予期しない課題が出てくるもの。プロに任せて良かった

―渋谷 今後もM&Aをしていくお考えはありますか?

佐藤 私の方から積極的に動きたい案件は今のところ見当たらないですが、今回の経験を生かして困っている農家があれば相談に乗りたいと考えています。高齢で引退する方も多いので、当社や他社の社員が独立する時に紹介という形で貢献していけるのではないかと思います。
実は、本格的なM&Aをしたのは今回が初めてでした。金額面も早い段階で合意できていたので自分たちだけでもできるのではないかと思っていたのですが、やってみると思いのほかさまざまな問題がありました。古舘社長には、本来はお尋ねしてはいけないようなこともたくさん聞いたのですが、いつも真摯に回答してくださり非常に助かりました。
古舘 そのように言っていただけて大変嬉しいです。ありがとうございます。

―渋谷 では、最後に今後の事業の展望についてお聞かせください。

佐藤 土地利用型の農地はこれからどんどん空いてきますので、これをチャンスと捉え規模拡大を図っていきたいです。夢は大きく“大分県18市町村のうち10市町村で100ヘクタール規模の農業を楽しく経営する”と以前は思っていたのですが、今の正直な気持ちを言うと規模拡大は「少し休憩したい」というところですね(笑)。
 


2022/11/9
文:アップパートナーズグループ広報 堀 彩寧